今回は、この数年で最も心を動かされた話のひとつを
ご紹介したいと思います。
りんご農家・木村明則さんの話です。
3年前に、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で
放映されましたので、ご覧になった方もいると思います。
木村さんは農薬どころか、有機肥料も
一切使わないりんごを栽培しています。
驚いたことに、そのりんごは腐らないのです。
私たちが目にするりんごは、数日も食べるのを忘れて
置いていると腐ってしまいますが、木村さんのりんごは数ヶ月はそのままの状態を保ち、その後は自然と枯れて
いき、2年経っても良い香りを残しているのです。
そもそも、今のりんごのほとんどすべては、農薬が使われるようになってから開発された品種です。野生のりんごとは比べ物にならないくらいほど、大きく甘い果物に品種改良されました。しかし、農薬なしには、病害虫と戦うことができない極めて弱い植物となってしまいました。
農薬を使わなければ、りんごを収穫することはできないと
いうのは、現実のりんご栽培を知る人にとって、
常識以前の話しです。
その「絶対不可能」といわれたりんごの無農薬栽培を
可能にしたのが、木村さんです。
木村さんも、当初は農薬を大量に使ったりんご作りを
していましたが、農薬でやけどをしたように水膨れが
できたり、特に妻が農薬に弱く、農薬散布のあとには
寝込んでいました。
そんなとき、偶然、福島正信さんの書いた
「自然農法」という本を手にします。
それから、木村さんは、誰もやったことのない無農薬栽培
に心が高鳴り、狂ったようにのめりこむのです。
しかし、農薬をやめて2か月たつと、葉に異変が現れます。りんごの葉が、黄色く変色し、枯れ木のようになったのです。葉が落ちると、新しい葉が開きましたが、またたく間に斑点落葉病という病気にやられました。
秋に入ると、今度は、りんごの木々が突然花を
咲かせはじめました。狂い咲きです。
それは背筋の寒くなるような光景でした。
なぜなら秋に花を咲かせると、
翌春に花を咲かせることはありません。
収穫が絶望ということを意味するのです。
そこで木村さんは、落葉斑点病を治すために、効き目の
ありそうな食品を、農薬のかわりに使ってみました。
けれども、事態は一向に改善されません。
一刻も早く、りんごの葉を守る方法を発見しなければ、
木そのものが衰弱してしまう。
はじめは、4か所あった畑のうち1か所だけを無農薬に
していましたが、できる限り実験の数を増やすために、
思い切ってすべての畑を無農薬にし、手当たり次第に、
いろいろな食品を試しました。
醤油、ワサビ、小麦粉、焼酎、牛乳、卵の白身・・・
しかし、りんごの木の惨憺たる状況は変わりません。
それどころか、年々、ひどくなっていくばかりです。
落葉斑点病は、相変わらず猛威をふるっています。
そのうちおそろしい数の害虫が発生するようになりました。
何十万匹の害虫がりんごの木に取りつく異様な光景です。
明け方から夕方日が沈むまで、スーパーのビニール袋に
手作業の虫取りに明け暮れる毎日。
1本の木から、ビニール袋3袋分の虫がとれる。
けれどもいくら取っても、虫は全く減りません。
りんごは全く花を咲かせません。
もちろん、りんごは一粒も実りません。
一家の収入は限りなくゼロ。
貯金もなく、食事も雑草を茹でて食べる極貧の生活。
「あいつは頭がおかしくなった」
「バカが感染するから、近づくな」
木村さんは、「カマドケシ」と言われるようになりました。
一家の生活の中心である竈を消す、つまり、家を潰し、
家族を路頭に迷わせるという、津軽弁の最悪の悪口です。
あと1年だけ、頑張ってみよう。
その繰り返しで、2年が過ぎ、3年が過ぎました。
年月が経てば経つほど、諦めるのが難しくなります。
ここで諦めたら、今までの苦労は何だったのか?
「もう諦めた方がいいかな」
子供たちにその話をすると、いつもはおとなしい長女が
色をなして怒りました。
「そんなの嫌だ。なんのために、私たちはこんなに
貧乏しているの?」
父親の夢は、いつしか娘の夢になっていました。
いろいろな食品を試した結果、少なくとも何らかの効果が
ありそうなのが、酢でした。しかし、それも気休めでしか
ありませんでした。
リンゴの木はちょっと幹を押しただけで、ぐらぐら
揺れるようになっていました。
気が変になってしまったのでしょうか。木村さんは
リンゴの木に頭を下げて、リンゴの木に話しかけていました。
「無理をさせてごめんなさい。花を咲かせなくても、実をならせなくてもいいから、どうか枯れないでちょうだい」
すべてのりんご畑を無農薬にしてから6年。
無農薬でりんごを栽培する。それが自分の天命だ。
ここで自分が諦めたら、今後二度と誰もやろうとは
しないだろう。
その夢を実現するためだけに生きてきた。けれど、
その夢は破れた。もう自分にできることは何もない。
木村さんは、ロープで首をくくることを決意し、
真夜中に岩木山に登ります。
ロープを枝に投げようとすると、月の光の下に、
りんごの木を発見します。思わず見とれてしまうほど、
美しいりんごの木でした。
よくみるとそれは、どんぐりの木でした。
農薬をかけていないのに、どうしてこの木はこんなに葉を
つけているんだろう。
6年間、探し続けた答えを、木村さんは瞬間的に
悟っていました。
森の中は、雑草が生え放題で、地面はふかふかで、
畑とは土が全くの別物でした。
そうだ! この土を作ればいい。
この土を畑に再現すれば、りんごの木は必ず根を伸ばし、
このどんぐりの木と同じように元気になるはずだ。
その後、苦労を重ね、最終的に、木村さんは前人未到の
りんごの無農薬栽培に成功することになります。
このあまりの物語には、めったに泣くことのない私も
思わず目頭が熱くなります。
「不可能と言われていることに取り組む気概」
「周囲の人の反対にくじけないこと」
「次から次へと創意工夫を重ねること」
「努力に努力を重ねたあとのひらめき」
「家族の支え」
など、教訓らしきものを見つけようと思えば、たくさんあると思いますが、そんな綺麗ごとではおさまらない、生き方そのもの・魂にふれたように思い、心が動かされ、自分自身、この強さが欲しいと思いました。
みなさんにも、心動かされるお話があると思います。
もしよければ、そのようなお話を教えていただければ
うれしく思います。
(参考文献: 石川拓治 「奇跡のリンゴ」 幻冬舎)
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